「噴火よりも風向きが問題」「公衆浴場が天然温泉」…ジモトしか知らない鹿児島の“観光名所”と“日常”の境界線
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鹿児島生まれ、鹿児島育ち。大学4年間は県外に出たものの、鹿児島市とその近郊で40年以上過ごしてきた。そんな筆者が、鹿児島の「アタリマエ」を前後編で紹介する。後編は、前編「鹿児島の食」に続き、「鹿児島の観光名所」について。■桜島に行くようになったのは大人になってから
「鹿児島」と聞いて、思い浮かべる観光地はどこだろうか。桜島、西郷隆盛銅像、仙巌園、霧島温泉郷、砂蒸し風呂、開聞岳、雄川の滝、佐多岬──。自他共に認める観光県の鹿児島には、確かに名所がたくさんあるが、じつは地元民がめったに行かない場所もある。
鹿児島生まれ、鹿児島育ち。大学4年間は県外に出たものの、鹿児島市とその近郊で40年以上過ごしてきた。そんな筆者が、鹿児島の「アタリマエ」を前後編で紹介する。後編は、前編「鹿児島の食」に続き、「鹿児島の観光名所」について。
■桜島に行くようになったのは大人になってから
「鹿児島」と聞いて、思い浮かべる観光地はどこだろうか。桜島、西郷隆盛銅像、仙巌園、霧島温泉郷、砂蒸し風呂、開聞岳、雄川の滝、佐多岬──。自他共に認める観光県の鹿児島には、確かに名所がたくさんあるが、じつは地元民がめったに行かない場所もある。
筆者にとっては、その筆頭が「桜島」だった。実家のある町から見えるせいか、子どものころに桜島に連れていってもらった記憶はない。親にも聞いたところ、「確かに連れていったことはないかも」とのこと。
しかし、現地に行かずとも存在感たっぷりなのが桜島である。しょっちゅう噴火して、灰を降らすからだ。
鹿児島の街を歩いていると、ふと硫黄のような独特の匂いがする瞬間があるかもしれない。それは桜島の降灰に含まれる火山ガスの匂いで、降灰の合図だ。マスクやメガネ、傘で防御するか、屋内に入ることをおすすめする。
「ドカ灰(どかばい)」と呼ばれる大量の降灰があると、昼間でもあたりはみるみるうちに暗くなり、まるで夜のようになる。
■噴火よりも風向きのほうがずっと気になる
灰を浴びると髪はバサバサ、ゴワゴワになって不快極まりない。風の強い日でコンタクトレンズでもしていたら、目など開けていられない。
風向きが自宅方向の日に洗濯物を外干ししていたら最悪だ。鹿児島人なら誰しも洗濯物を灰だらけにされた経験があるはず。灰と雨が一緒に降る「灰雨(はいあめ)」だと、服に点々と黒いシミがつく。車を洗車した途端、桜島が噴火して灰だらけになるのも「鹿児島あるある」だろう。
ちなみに、鹿児島の一部地域には屋根付きのお墓もあるが、あれは日除けと灰除けが目的だ。
降灰の影響は、自分のいる場所が風上か風下かで全く変わってくる。そのため、鹿児島のローカルニュースでは、天気予報の後、当然のように桜島上空の風向きを知らせる「降灰予報」がある。桜島が噴火した場合、降灰がどの方向に飛んでくるかを知っておくためだ。地方紙の南日本新聞も、自宅方向に灰が飛んできそうなときにお知らせする「桜島降灰メール」のサービスを提供している。
噴火よりも風向きのほうがずっと気になる。それが鹿児島人なのだ。
しばらく噴火がないと「最近はやけにおとなしいな」と思うのだが、わが家では「言うと噴火する」というジンクスがあり、あえて話題にしないようにしていた。こんなふうに普通に暮らしていても否応なくその存在を実感させられるので、わざわざ桜島に行くことがなかったのかもしれない。
筆者が桜島に行くようになったのは、社会人になってからだ。桜島フェリーを降りて車を走らせると、道沿いはゴツゴツとした溶岩に覆われており、今にも岩かげから恐竜が現れそうな雰囲気。初めて見たときはタイムスリップしたようで気分が高揚した。
観光で鹿児島市に来たのなら、桜島の雄大さはぜひ現地で味わってみてほしい。鹿児島市から桜島に行くなら、桜島フェリーがおすすめだ。15分で桜島に着く。有村溶岩展望所や湯之平展望所といった展望ポイントを回って、桜島の迫力も間近で体感してほしい。運がよければ(? )降灰の洗礼も受けられる。
灰を浴びたら、ぜひ桜島港から徒歩5分、「国民宿舎 レインボー桜島」の掛け流し天然温泉へ。料金は、一般公衆浴場の料金460円。灰と一緒に疲れも取れる。
温泉と言えば、桜島港から徒歩10分のところにある「桜島溶岩なぎさ公園足湯」もおすすめだ。無料だからと侮るなかれ。天然温泉なので、浸かると帰りのフェリーの中でも足がポカポカしてなかなか冷めない。桜島のパワーおそるべし、である。
■レトロな木造長屋に新店が続々。活気が戻った名山堀
鹿児島市の繁華街といえば「天文館」が知られており、ガイドブックでも必ず紹介されている。地元民にも観光客にもなじみのあるエリアだが、今回は天文館から歩いて10分ちょっとの「名山堀」をおすすめしたい。
鹿児島市役所の東側に広がる鹿児島市名山町は、地元では「名山堀」と呼ばれている。1965年に完全に埋め立てられるまで小舟が行き来する堀があり、水面に映る桜島が美しかったことからその名が付いたという。
戦後、このエリアには奄美や沖縄の出身者がバラックを建てて暮らすようになり、闇市もできて多くの人が訪れるようになった。木造の長屋が建つと飲食店が入り、仕事帰りのサラリーマンで連日大にぎわいだったという。
往時のにぎわいはなくなったものの、名山堀では2010年前後から古ビルや長屋のリノベーションが進み、飲食店やギャラリー、書店などのオープンが相次いでいる。新旧の店が混在する独特の雰囲気にひかれてか、近年は若者だけでなく、海外からの観光客も見かけるようになった。
筆者は、昼間の名山堀ではランチを食べたり、書店や雑貨店を覗いたりすることが多い。夜は名山堀で食べてから天文館まで散歩してバーやラーメン屋に行ったり、逆に天文館で食事をしてから名山堀にハシゴして飲み直したり、といった使い方をしている。未体験ならば、旅の目的地にぜひ名山堀を加えてみてほしい。
■子どものころ、おでかけと言えば「山形屋」だった
鹿児島人がよく行く場所を訪ねたいなら、名山堀の目と鼻の先にあるローカル百貨店「山形屋(やまかたや)」もぜひ訪ねてみてほしい。
山形屋は、山形生まれの商人が島津家25代当主で薩摩藩8代藩主、島津重豪の商人誘致政策を契機に薩摩に移住し、1772年に同名の呉服太物店を構えたのがそのはじまりと言われる。
子どものころ、鹿児島市から車で30分の町に住んでいた筆者にとって、「おでかけ」といえば山形屋に行くこととイコールだった。また、鹿児島市外の地元民は鹿児島市に行くことを「市内に行く」と言うが、筆者の実家ではその目的地が山形屋であることも多かった。
山形屋の名物は、何といっても地下の食品売り場にある「金生まんじゅう」と7階の山形屋食堂でいただける「焼きそば」だろう。
金生まんじゅうは、白あんを生地で包んで焼き上げた素朴なお菓子で、1951年から販売されている。山形屋の店標である「丸岩」の焼印が目印。筆者にとっては子どものころによく食べた思い出の味だ。
山形屋食堂の焼きそばは、いわゆる「あんかけ焼きそば」で