奄美で途絶えた風習「ハジキ」を紹介 都留文大の山本教授 奄美市生涯学習講座
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鹿児島県奄美市の2026年度生涯学習講座「みんなの奄美学」の第2回が11日、奄美市名瀬のアマホームPLAZAであった。都留文科大学比較文化学科の山本芳美教授がゲスト講師として来島し、奄美・沖縄の女性たちがかつて手に施していた入れ墨「ハジキ(針突)」について講話。1896年に琉球諸島を訪れた米国人ファーネスの記録を中心に、残された資料からハジキについて語った。講座は民俗学者で奄美のシャーマニズム研究の第一人者・山下欣一に師事した久留ひろみさん、関西学院大学教授の島村恭則さんの主宰。オムニバス形式で、現代のシャーマン、奄美の環境民俗学、食文化などの視点から奄美の魅力を探る。26年度受講生は73人。この日は約40人が出席した。
ハジキは奄美群島から沖縄諸島にかけての琉球弧で1800年代末期まで行われていた習俗。ハジチ、ハズィキ、ハンズキ、パジチなどとも呼ばれる。装飾的な意味のほか、成人の通過儀礼や魔よけ、他界観と関連があるとされ、島や地域によって文様が異なる。奄美では1876年、沖縄では99年に明治政府による禁止令が敷かれ、風習は途絶えた。
山本教授は1990年代から台湾や沖縄を中心に入れ墨の調査を行っている。講座では、米国フィラデルフィアのペンシルベニア大学付属博物館(PENN)の基礎を築いた人物の一人で、アマミノクロウサギの標本を初めて海外に持ち帰ったことでも知られる人類学者・医師のウィリアム・ヘンリー・ファーネス3世(1866―1920)の記録を解説。
▽13歳ごろから少しずつ始め、最終的に手の甲全体や指の先まで覆い完成する▽近隣一帯の女性たちに入れ墨を施す老女がいる(名瀬)▽機織りに関連する伝説がある(沖縄)-といった記述のほか、収集した入れ墨の道具や資料がPENNに収蔵されていることなどを紹介した。
会場から、現代のファッションとしてのタトゥー(入れ墨)文化との類似性について意見があった。山本教授は「個人的な理由で入れる現代のタトゥーに対してハジキは共同体の中で祝福される儀式であり、意味合いが全然違う」との見解を示した。