「腰まで水が来た」「押し入れで一晩」…台風12号から1年、94歳女性の記憶と被災地の消えない爪痕【鹿児島】
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「思い出したくない。戸締まりをしていたが隙間から水が入ってきて、水の流れの速いこと、速いこと」——そう語るのは、自宅が床上浸水した鹿児島市の94歳の女性だ。2025年8月21日、台風12号が鹿児島県内を襲ってから1年が経った。被災地を改めて歩くと、目に見える傷跡とともに、人々の心に刻まれた記憶がいまも色濃く残っていた。鹿児島市を流れる和田川は、1年前の8月21日、台風12号の影響で氾濫した。周辺の道路には大量の泥が流れ込み、翌日には住民たちが総出で泥をかきだすなど、片付けに追われた。
1年後の同じ日、和田川にかかる橋があった場所を訪ねると、橋はすでに撤去されていた。台風の影響で一部が破損していたためだ。橋がなくなったことで、近くに住む住民の生活は不便を強いられている。
橋の近くに住む女性は当時をこう振り返る。「橋桁の下の方まで水が来ていた」。そして今の状況については、「あっちから回っていくか、こっちから回るかですね。この近辺の人たちは不便さがある」と語った。橋ひとつの喪失が、地域の日常をいかに変えてしまうか——その現実がにじむ言葉だ。
台風が残した傷は、目に見える構造物だけではない。被災者の心にも、あの夜の記憶は深く刻み込まれている。
自宅が床上浸水した94歳の女性は、「ひどいもひどい。家の中に腰のあたりまで水が来ました。何もなくなった。もういやです」と、言葉を絞り出すように話した。腰のあたりまで水位が上がる中、女性は押し入れの中で一晩を過ごしたという。「眠れない。足を曲げて寝ないと」——その一言に、あの夜の過酷さがそのまま宿っている。
被害は鹿児島市にとどまらない。南九州市では現在も複数箇所にわたり河川や道路の復旧工事が続いており、片側交互通行が各所で実施されている。生活道路の制限は、住民の日常に今も影響を与え続けている。
南さつま市でも、台風の影響で浸水したとみられる畳が住宅の玄関前に置かれたままになっており、水没した車も残されていた。1年という時間が経過しても、片付けが進まない現実がそこにある。
台風被害を受けた南さつま市のAコープ サザウィン店では、駐車場が浸水するなどの被害があった。被災後に異動でやってきた浜田修幸店長は、今後に向けてこう話す。
「段差が駐車場にあるので、低いところは冠水してしまう。災害の時は高いところの方に停めてもらうよう、声かけはこれからしていく。また来週、台風も来るし、教訓にしないといけない」
次の台風シーズンを目前に控えた言葉には、切実さがある。過去の被害を風化させず、地域として備えを積み重ねていく姿勢が、その一言に凝縮されていた。
台風12号が鹿児島県内にもたらした被害は、1年という時間をもってしても完全には癒えていない。撤去されたまま再建されない橋、続く復旧工事、玄関前に残る畳——それぞれが、あの台風の記憶を静かに物語っている。
そして何より、押し入れで一夜を過ごした94歳の女性の「思い出したくない」という言葉が、台風の傷跡の深さを最も雄弁に伝えている。被災した地域のコミュニティが日常を取り戻すまでには、引き続き時間と支援が必要であることを、現地の声は静かに訴えている。