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鹿児島県 「いせん寺子屋」で講演 ジョン万次郎の精神で「島から世界へ発信を」 直系のひ孫・中浜慶和氏
事件・事故 奄美新聞

鹿児島県 「いせん寺子屋」で講演 ジョン万次郎の精神で「島から世界へ発信を」 直系のひ孫・中浜慶和氏

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 【徳之島】伊仙町の2026年度第1回「いせん寺子屋」講座が25日、同町ほーらい館で開かれた。2028年NHK大河ドラマの主人公にジョン万次郎(中浜万次郎)が決定したことを記念し、万次郎の直系4代目ひ孫でNPO法人国際協力アカデミー(AICAT)理事長の中浜慶和氏(85)=兵庫県=が「ジョン万次郎の精神を受け継ぐとは」と題して講演。漂流から渡米、幕末・明治維新への影響、人道的な生き方までを豊富な史料と独自の分析を交えて紹介し、「これからは島の時代。万次郎の魅力を通して世界へ島の可能性を発信したい」と語りかけた。

 講師招へいは、ネパールで日本語学校運営などを通じ両国の交流促進に取り組む「おしんファウンデーション」(カトマンズ市)の代表で、伊仙町西伊仙出身のポカレル本田明美氏(60)との縁がきっかけ。2015年のネパール大地震後、中浜氏らが被災地支援に携わった交流を通じ、町社会教育課・町誌編纂室へ講師として紹介されたという。

 講演では、土佐の貧しい漁村に生まれた万次郎が、14歳で遭難して鳥島へ漂着し、約5か月後に米国捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助された経緯を説明。船長ホイットフィールドに才能を見いだされ、単身渡米を決意したことが、その後の日米交流の原点になったと位置付けた。

 米国では航海術や測量術、天文学を学ぶ一方、「自由と平等」の精神に触れたことを紹介。教会で差別を受けた際、船長が万次郎を守るため自ら教会を去った逸話を挙げ、「能力や人格を尊重する考え方を学んだ」と述べた。また、ゴールドラッシュで帰国資金を得て1851年に琉球を通じ鎖国下に帰国した歩みも振り返った。

 帰国後は幕府や薩摩藩、土佐藩に登用され、黒船来航時には日本初の渡米経験者、唯一英語の話せる日本人としての通訳、情報提供を通じて日米和親条約締結を支援。さらに勝海舟、坂本龍馬、福沢諭吉、伊藤博文らへ英語や海外事情を伝えたことから、「幕末の若者たちの挑戦を支えた存在だった」と強調。また日本初の英会話本の出版や電信技術、写真技術、ミシンの紹介など、多方面にわたる功績にも触れた。

 後半では、料亭の料理を持ち帰って貧しい人々へ分け与えた逸話を紹介し、「万次郎の魅力は人を思いやる心にある」と説明。「海に囲まれた島には独自の可能性がある。徳之島からも世界へ魅力を発信してほしい」と呼びかけた。

 第2部では、万次郎の長男・中浜東一郎、次男・慶三郎ら子孫の歩みや、自身が取り組む「心のパン」プロジェクトも紹介。阪神・淡路大震災での直体験を踏まえ、災害支援を文化交流や人と人とのつながりへ発展させる活動を続けていることを説明した。

 1890年のエルトゥールル号遭難事件にも触れ、日本人による献身的な救援活動とトルコとの歴史的友情・国際交流の歴史を紹介。「災害は苦しみをもたらす一方、希望や友情、新たな交流を生み出す契機にもなる」と語り、「川は一滴の水から始まり、ガジュマルは一つの種から育つ。一人一人の小さな決心と行動を積み重ね、絆を育てていこう」と締めくくった。

 参加者らは約2時間にわたる講演に熱心に耳を傾け、「教科書では学べないジョン万次郎の生涯と精神。そして島から世界へつながる可能性についても理解することができた」(60代男性)などと話していた。

 約100人が2時間余にわたり熱心に聴講した。