対馬丸撃沈、悲劇繰り返さない 語り継ぐ平和 鹿児島・宇検で慰霊祭
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太平洋戦争中、トカラ列島の悪石島沖で米軍に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の慰霊祭が8月29日、遺体が漂着した鹿児島県宇検村の船越(ふのし)海岸の慰霊碑前であった。今年で10回目。沖縄県の遺族会のメンバーや地元の関係者ら約60人が参加した。犠牲者を悼み、悲劇を繰り返さないために語り継いでいく決意を新たにした。対馬丸は1944年8月22日、沖縄から疎開先の長崎に向かう途中、米潜水艦の魚雷攻撃を受け沈没した。約1800人が乗船しており、学童約780人を含む約1500人が犠牲となった。奄美大島の西海岸には多くの犠牲者が流れ着いた。遺体は地元住民らが手厚く埋葬し、戦後、遺族らが105体を沖縄に持ち帰った。生存者21人は地元住民らに救護された。
慰霊碑が2017年に建立され、近くの宇検集落が毎年、慰霊祭を執り行っている。高田浩志区長は「慰霊碑は犠牲者を慰めると同時に戦争の悲惨さ、命の尊さ、平和のありがたさを学ぶ場所。対馬丸の記憶を未来に語り継ぎたい」とあいさつ。参加者が花を手向け、10回目の慰霊祭を記念し、沖縄県のチョウ、オオゴマダラ20匹が放された。
沖縄から参加した対馬丸記念館の比嘉正詔・代表理事は「次の世代に平和のバトンを引き継ぎ、世界に平和を発信していきたい」と語った。初参加という沖縄県立那覇国際高校2年の新垣心彩(しあ)さんは「体験したことを学校などで話し、悲劇を風化させないようにしたい」と話した。(エリアリポーター・神田和明)
太平洋戦争中、トカラ列島の悪石島沖で米軍に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の慰霊祭が8月29日、遺体が漂着した鹿児島県宇検村の船越(ふのし)海岸の慰霊碑前であった。今年で10回目。沖縄県の遺族会のメンバーや地元の関係者ら約60人が参加した。犠牲者を悼み、悲劇を繰り返さないために語り継いでいく決意を新たにした。
対馬丸は1944年8月22日、沖縄から疎開先の長崎に向かう途中、米潜水艦の魚雷攻撃を受け沈没した。約1800人が乗船しており、学童約780人を含む約1500人が犠牲となった。奄美大島の西海岸には多くの犠牲者が流れ着いた。遺体は地元住民らが手厚く埋葬し、戦後、遺族らが105体を沖縄に持ち帰った。生存者21人は地元住民らに救護された。
慰霊碑が2017年に建立され、近くの宇検集落が毎年、慰霊祭を執り行っている。高田浩志区長は「慰霊碑は犠牲者を慰めると同時に戦争の悲惨さ、命の尊さ、平和のありがたさを学ぶ場所。対馬丸の記憶を未来に語り継ぎたい」とあいさつ。参加者が花を手向け、10回目の慰霊祭を記念し、沖縄県のチョウ、オオゴマダラ20匹が放された。
沖縄から参加した対馬丸記念館の比嘉正詔・代表理事は「次の世代に平和のバトンを引き継ぎ、世界に平和を発信していきたい」と語った。初参加という沖縄県立那覇国際高校2年の新垣心彩(しあ)さんは「体験したことを学校などで話し、悲劇を風化させないようにしたい」と話した。(エリアリポーター・神田和明)